自分自身の中や社会での達成基準をもったり、高いゴールをめざして努力するのは間違いではない。
完壁であろうとする次の状態が問題なのだ。
自分のイメージを汚すまいとして消耗する。
他人の期待にこたえる準備がないと感じる。
ることすべてにわたって、「完壁かどうか」が気になる。
自分自身に非現実的な基準を押しつける。
失敗したり認められなかったりすると、努力は無意味だったと考える。
ほんとうにやるべきことのためではなく、完壁さを保つことに大事な時間を奪われる。
自分が貴重だと思うことや理想に目をつぶり、妥協する。
完壁でないと気に病んでいることを隠すために、アルコールや薬物に依存する。
自分自身も大切な相手もけっして満足させることはない。
自分がやっていることをけなす結果に終わる。
完壁主義のわなに陥らないようにすることは、自分の責任だと理解することも大切だ。
もともとは社会や他人から押しつけられた基準かもしれないが、彼らに自分の行動をコントロールされつづけるとしたら、それは自分がそう仕向けているのだ。
他人は、あなたを完壁主義から救ってくれない。
あなた自身でするべきことだ。
どうやったら、完壁主義という呪文が解けるのだろう。
まず、決意することは、いちばん貴重な能力の一つだ。
この2つをさっそく始めよう。
いつも完壁でいようとすることは間違いだと心に決める。
完壁主義というのは敗北主義者の間違いだ。
誰かを喜ばせようとする自分を変えたいと思わないうちは、何も変わりはしない。
「人を喜ばせるための人生なんて途方もない間違いだ」と自分に言い聞かせよう。
その言葉を幾度も繰り返し、じっくりとかみしめ、自分の内にしみ込ませてしまおう。
この間違いをやめにしようと決める。
この方法は一見やさしく思えるが、実際に決意を行動に移さないうちは、まだ自由になれない。
完壁をめざす癖を直すには、二度とそれを繰り返さないと選択することが鉄則だ。
この選択は、進むべき道への大切な第一歩になる。
ほんとうの自由を味わうには、気配りや完壁主義のもとになっているものとはまったく違う現実を知らなくてはならない。
そのためには、これまで教え込まれてきた考え方の代わりに、人を喜ばせようという癖から解き放ってくれる真実に従えばいい。
ルネッサンス時代に、地球は平らだと主張していた人と同じで、今日のいい人は、もし純粋な自由とほんとうの自分らしさを得るために意識を変えるなら子供のころに世間から教わったのとは別の人生模様があるという事実を受け入れなくてはいけない。



